その世界には境界というものがなかった。
物の境界がなく、時間の境界がなく、世界の端っこもなかった。
そんなところに彼はいた。
どんな境界もないので、彼の体はどこまでも果てしなく広がっていた。
彼はその世界でたった一つっきりの生き物だったが、淋しいと思ったことはなかった。
思考に境目がないので、考えることが苦手だったのだ。
そんな彼に、今――今という時間の区切りがあればだが――、問題が差し迫りつつあった。
その世界に終わりが近づいていたのだ。
しかし終わりと始まりの境がないので、彼にそれを知るすべはなかった。
彼はわずかに身じろぎをした。
生まれてからしばしばしてきたことである。
彼は意図せずにそれによって世界に少しばかりの変化をもたらしていた。
彼が躰からだを動かすと、体内に無数の小さなあぶくが生まれた。
それは不完全な境界のようなものだっだ。
あぶくの中は彼のように空虚で、ほとんどの場合、現われた瞬間に消えた。
だが、その時、ついに奇蹟が起きた。
あぶくの一つが長い間消えずに残ったのである。
それはその世界に初めて生まれた完全な境界で、非常に強固だった。
その世界はそれから間もなく終わりを迎え、唯一無二の生き物とともに、永遠に終わりのない深遠な闇の中へと融とけるように沈黙したが、それでもあぶくは残っていた。
あぶくの中には、産みの親のちっぽけな欠片が一つ取り込まれていた。
あまりにも微細で物質にも満たない欠片の子は、一つところに留まっていることができなかったため、あぶくの中を絶えず明滅しながら踊り回っていた。
混沌の世界で創られ空虚に放り込まれた欠片の子は、力が漲みなぎり、強い輝きを放っていた。
彼女は独りっきりでいることを物足りなく思った。
あぶくの中は彼女以外は完全な無だったからだ。
それで、彼女は己の躰を二つに分け、さらに二つに分け、きょうだいをどんどん増やしていった。
ついにあぶくの中の隅々まで眩しい光で満ち溢あふれると、光の子らは言った。
「さあ、始めよう! 終わりを始めよう!」
光の子らは、産みの親のように、時間や空間の区別がなかった。
時間を真っ直ぐ見ようが、逆に見ようが、止まって見ようが、彼らにはたいした違いがなかったのだ。
とにかく――
そのようにして、我らのこの世界、アズヴァーン世界は始まったのである。