◆◇六つの紋章をめぐる物語◇◆

ヴノン記

3.トリスティカスの審判




神官達は、この騒ぎを鎮しずめる方法について話し合った。
彼らの考えは真っ二つに分かれた。

一つの案は、ヴノンを奴隷の身分からトリスティカスの市民に格上げし、その上で正式に神官にして、病の治療に専念させる。
しかし、トリスティカス神殿は水の精気エレメントを祀まつった水の種族のための神殿で、その他の精気を持った者を神官にした前例がない。
そうしてはいけないという決まりはない。
その理由は、水の種族の市でそれ以外の種族が神官の候補に上がることがあるなどとは、これまで誰も想像もしていなかったからだ。
トリスティカスの市民がそれを良しとしても、他の水の種族の市はどう思うだろう?
他の水の神殿が一致団結してトリスティカスの異端の取り決めを拒絶したなら、それはトリスティカス市の滅亡の序章となるだろう。

もう一つの案は、ヴノンをこの市から追放することだ。
神官達はそうできればどんなに良いかと思っていた。
が、ヴノンの癒しの力を取り上げたことで、人々が神官達に猛反発し、それが引き金になって神殿の権威が失墜するのも、困る。

このようなわけで、どちらの考えにも決定を下せずにいた。

この議論に決着をつけたのは、神官長のザッハークだった。
彼の案は、こうだ。
ある一人の患者を神官達の目の前で治すことができたら、ヴノンを神から遣つかわされた治療者であると認め、正式に神官とする。
もしも治せなかったら、それは人を欺いていた証明であるから、詐欺と市中を混乱に陥れた罪で処刑する。
患者は、ザッハーク自身。
彼は生まれつきの盲目だった。

神殿の広間にヴノンが召喚された。
神官達が見守る中で、ヴノンはザッハークの闇そのものになっている目を治すように命じられた。
ヴノンは、ひと目見てこれが自分の領分ではないことを知り、治せないと正直に答えた。
すでに失われているものを治すことは彼にはできなかったのだ。

こうして、ヴノンの処刑が決定した。
神官達はヴノンの裏切りを盛んに喧伝けんでんした。
ヴノンが処刑台へ引き立てられていく道すがら、人々は彼を憎んで石を投げつけ、罵声ばせいを浴びせた。
彼らはヴノンを直接知らないか、ザッハークのように治療を断られた者達だった。
ヴノンの力を目の当たりにした者達は、為す術すべもなく成り行きを傍観ぼうかんしているうちに、やはり欺かれていたのではなかろうかと迷い始めるのだった。