紋章の扉の先には、ヴノンの知らぬ土地が広がっていた。
ヴノンは精霊に導かれて進み、小さな集落にたどり着いた。
その村の人々は精霊を持っていなかった。
四つの精気エレメント―火・水・風・土の者達が共に暮らし、皆自由民で、精気の違いによる身分の差はなかった。
そして人間の女を伴侶にしていた。
そこはアヴィネヴィウスの地だったのだ。
村人たちは異種族のように精霊を連れたヴノンに戸惑ったが、全身焼け爛ただれ、おまけに目の見えぬ彼を追い払ったりはしなかった。
ヴノンはしばらくその村で暮らした。
ミストラート人は奇妙な暮らし方をするアヴィネヴィウスの民を忌いみ嫌っていた。
人間の女を伴侶にすると、その子孫は呪われて精気を失っていくのだと、ミストラートの人々は信じていた。
それは本当のことのようにヴノンには思われた。
この村には、ミストラート人に比べると異常と思われるほど精気が弱い者が散見された。
しかし、彼らは病んではいなかった。
そこにはミストラート人が恐れているような悪いことは何もないように、ヴノンには思えた。
そこは平穏で、住民はとても幸せそうに見えた。
ミストラートの地でよく流行っていた病はそこでは見られなかった。
そこにはヴノンの力を必要とする者がいなかった。
ヴノンは以前から抱いていた疑いが確信に至いたった。
水の精気を持つ人々ばかりが多く集まっていること、それがミストラートの地に不治の病が蔓延まんえんする原因なのだと。
ヴノンは自分の力はとりわけ特別なものではないと感じていた。
ミストラートの人々にはないものが自分にあっただけだ。
異なる精気の間には、均衡を取るように補い合う何らかの力が働いている。
ヴノンは、ミストラートで治癒の力を使うたびに、それを感じていた。
ミストラートの地でこの先、このことに気づく者が再び現れたとしても、水の精気の神殿が支配している限り、ミストラート人が真実を知ることはないのだろう。
神話の物語、六つの紋章の怪物、最初の人間とその家族の物語。
そこでは、この世界に存在する六つの精気を持つそれぞれの者達が共存することについて語られているのに、ミストラートの地ではなぜか無視されている。
ある日、ヴノンは火の精気を持つ者だけが暮らす村があることを聞いた。
彼らは神遣しんいの予言により、いつか火の紋章のある場所へ帰る時を待っているのだという。
ヴノンは自分が行くべき場所を悟り、そこへ向かった。
その場所、火の村ニカルリアの人々は、ヴノンが来ることを予め知っており、待ち受けていた。
ヴノンは彼らの指導者として迎え入れられ、こうして彼らはシャスタへの帰還の行進を始めたのである。