◆◇六つの紋章をめぐる物語◇◆

創世記

8.土と火と水と風の章 アズヴァーンの四人の息子


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三人は、風の息子を狩りに誘った。
彼らはローグの森へ向かった。
天まで届きそうな巨木が果てしなく続く、底なしの深い森だ。
少し森を進めば、厚く茂った木々の葉が形成する暗闇に呑まれ、たちまち方向を見失う。
アズヴァーンは息子たちに、子供だけでこの森に入ってはいけないにときつく言い渡していた。

兄たちがためらいもなく森へ入ってずんずん進んで行くので、風の息子は不安になった。

「ねえ、もう引き返そうよ。父さんに知れたら怒られるよ」

風の息子が言うと、火の息子は小馬鹿にしたように言った。

「父さんは暗がりが怖いだけだろ。いい子ぶるなよ。闇なんか平気な癖に。それより、お前は俺の火が風で吹き消されないように見張ってるんだぞ」

火の息子は、自分の精気エレメントで創った火の玉を幾つも空中に浮かべ、辺りを明るく照らしていた。

「狩りだってのに、そんなに火を燃やしてどうするんだ? 獣が逃げちまうぞ。虫なら嫌というほど寄ってくるけどさ」

うっかりそう口にした土の息子の脇腹を、水の息子が肘でつついた。
火の息子が答えた。

「いいんだ。もっと奥へ行くんだから。この森の奥には、草原にはいないようなでっかいウサギがいるんだぞ。子羊くらいあるんだ。俺たちの獲物はそいつだ。持って帰ったら父さんびっくりするぞ」

「本当に?」

そんな話は聞いたことがないので、風の息子は首を傾げた。
だが、そんなウサギがいるなら見てみたいと思い、黙って兄たちの後に従った。

ずいぶん歩いたところで、息子たちは小さな泉のそばを通り過ぎた。
そこで火の息子は魔法の火を消した。
暫く行くと、大きな岩に出くわし、そこで火の息子は風の息子に言った。

「いいか、お前はここに隠れているんだ。俺たちがウサギをここに追い込むから、合図したらお前がウサギを捕まえろ」

「分かったよ」

風の息子は言われた通りに岩陰に蹲うずくまった。
彼の耳に、兄たちが遠のいていく足音が聞こえた。

じっと蹲っていることに飽き飽きした頃、風の息子は、兄たちの言うことを真に受けた己おのれの間抜けさ加減にようやく気がついた。

風の中に兄たちの気配がない。
彼らがずいぶんと遠く離れたところにいることを物語っている。
狩りのために獲物を探しているにしては遠すぎる。

風の息子はすぐに悟った。
兄たちはとっくに家へ引き返したのだ。
狩りに飽きて、自分に声をかけることも忘れて行ってしまったのだろうか。
それとも、最初から自分を誂からかうつもりで?

どっちだろうと風の息子は驚きはしなかった。
昔から兄たちはこんなふうだった。

風の息子は溜息を吐いて立ち上がった。
上空は木々の梢こずえに覆われているため太陽の位置は分からなかったが、風の中にある生物たちの活動の気配から、昼をたいぶ過ぎていることが分かる。
早く引き返さねば、森を出る前に日が暮れてしまうだろう。
しかし……どっちへ行けば戻れるのだろう?
風が運んでくる香りは、ここが森のかなり奥だということを物語っている。
森の中を吹き抜ける風は、どの方角を取っても、木々や苔が排出するじっとりと水気の多い香りをふんだんに含んでおり、森の外の乾いた太陽の香りの痕跡をすっかり打ち消している。
風を頼りに帰り道を見つけるのは難しいかもしれない。

風の息子は、恐ろしい予感がして、胸が苦しくなった。
しかし、怯えていてもどうにもならない。
彼は気を落ち着かせ、微かな風の流れを慎重に読みながら歩き始めた。


三人の息子は、土の息子と水の息子の力で地下の鉱脈や水脈を読んで、森を真っ直ぐ引き返し、まだ日が高いうちに家に戻っていた。

夕食の席に風の息子の姿がないことに、父親は気がつかなかった。
三人は上手くいったとほくそ笑んでいたが、翌朝には糠喜ぬかよろこびに変わった。

風の息子は、夜半にへとへとになりながら家に辿り着き、羊の小屋の藁に潜って眠り、翌朝の食事の席に現れた。
三人にとって幸いだったことに、風の息子は父親にこのことを言いつけたりはしなかった。
風の息子は、自分に迫っている悪意にまだ気づいていなかった。
兄たちのいつもの悪戯だと思っていたのだ。