◆◇六つの紋章をめぐる物語◇◆

創世記

11.水の章 ミストラート、世界の果てへ行く


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そこで水の息子は驚くべきものに出逢った。
最初、疲労で幻覚を見ているのではないかと思った。
そうではないらしいと分かると、畏怖に駆られた。

海の上を見知らぬ人間が歩いていたのだ。
家の前庭を歩いているかのように、何気なく……。

その者の姿は異様だった。
全身が不思議な魔法の文様で隈なく包まれているのが、遥か遠くからでも分かった。
その文様が膨大な量の光の精気エレメントを放ち、そのために太陽のように眩しく光り輝いていた。

光り輝く男は、水の息子の存在に気づくと、こちらに向かって歩いてきた。
彼はたったの一歩でずいぶんな距離を移動して、あっという間に近づいてきた。
彼が足を動かしているのは単なる振りで、実際は光によって影が投影されるように、姿が滑っていた。
その気になれば一瞬で水の息子の前まで移動することもできるのに、そうしないのは、驚かせないための気遣い――というより、からかっていたからだ。

近づいてみると、その男は水の息子の倍以上の身長がある巨人だった。
光に包まれた金色の相貌は、端正で美しかった。

水の息子は、この光る男は六つの紋章の怪物の一人なのではないかと直感した。
彼は光の紋章の怪物なのだ。
それまで、六つの紋章の怪物の姿をいまいち思い描けなかったが、彼を目の当たりにして、非常に腑に落ちた。
人間と瓜二つの姿をしているとは想像もしていなかった。
しかし、父アズヴァーンが彼らにあれほどの畏怖心を抱いているのは、そうだから当然なのだ。
この光る男は、父や自分と変わらない体を持ちながら、ずっと優れた異なる生物であると感じた。
その圧倒的な魔力に気圧けおされ、水の息子は自然と彼から目を逸らせて俯うつむいた。

光る男は水の息子の前に佇たたずみ、興味深そうにじろじろと眺めた。

「新しい陸地を見つけようとしていたのです」

問い詰められているような気がして、水の息子は言った。
光る男はそれを聞くと、肩で大きく演技がかった溜息を吐いた。

「そんなもんはないよ。この先できる見込みもない。闇の精霊が私の仲間を消してしまって、私一人しかいないんだから、どうしようもないね。アズヴァーンが身代わりを作らなかったからだ」

光る男はまるで嬉しそうに太陽のように晴れやかに答えた。

「六つの紋章はもうこの世にないのですか? この世界は終わるということなのでしょうか?」

水の息子が尋ねると、光る男は答えた。

「そういうことになるね」

「なら、私も生きていても仕方がないのでしょうね?」

水の息子の言葉を、光る男はまるで何もかも見越しているかのように小馬鹿にして笑った。

「お前は死ぬ。といってもお前が望む時ではないよ。お前は流れに逆らうことなどできやしないのだからね」

そして光る男は、現れた時のようにふらりと立ち去った。

水の息子は、海流に流されて、さらに先へと進んだ。
そして、海の中に佇む巨大な馬の姿をした水の精霊に出くわした。
それは光る男と同様に全身隈なく魔法の文様に包まれ、膨大な量の水の精気を噴出していた。
その膨大な量の水の精気が、水の息子が流れてきたのとは真逆の方向へ、海流を生み出していた。
水の息子は、自分が乗ってきた海流の源に辿り着いたのである。

巨馬の精霊は水の息子を口に咥くわえると、海の上を飛ぶように走り出した。
そうしてあっという間に陸地にたどり着き、海岸に近い湿原に水の息子を降ろした。
その頃には餓死しかかっていた水の息子は、そばに流れていた川の水を夢中で飲んだ。

巨馬の精霊は、水の息子を甲斐甲斐しく介抱した。
濃い水の精気で彼の体を包んで休ませ、腹が減れば木苺の茂みへ連れていった。
水の息子は元気になると、巨馬の精霊を死の世界へ返してやった。
その後、伴侶とするための水の精霊を召喚して、家族を栄えさせた。
その子孫は水の種族になった。

水の息子ミストラートは、生涯光る男の言葉を忘れることができず、いつも死を畏れていたという。