◆◇六つの紋章をめぐる物語◇◆

創世記

12.火と光の章 アズヴァーンの死


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翌朝、アズヴァーンと火の息子は畑へ出掛けた。
畑の隅に大きな栗の木の切り株があり、固く地面に食い込んだ太い根に、二人は躍起やっきになって鍬くわを振るった。
結局、半分も掘り起こすことはできなかった。
アズヴァーンがよろけて根っこに蹴躓けつまずき、切り株の上へばったりと倒れたところへ、火の息子の鍬が振り下ろされた。
アズヴァーンは呻き声一つ立てずに、動かなくなった。
火の息子は父親をそこへ置き去りにしたまま、家へ戻った。

一人で戻った火の息子を見て、母のヨギは、アズヴァーンはどうしたのかと尋ねた。
火の息子は、知らない、と答えた。
ヨギは火の息子の嘘を見抜き、何か良くないことが起こったのを悟った。
ヨギは畑へ行き、倒れているアズヴァーンを見つけた。
今度ばかりは、ヨギの力でも夫を蘇らせることはできなかった。
彼の体には首がなかったからだ。

ヨギは、アズヴァーンの死体と共に姿を消し、家へ戻ってはこなかった。
火の息子は悲しみに暮れたが、母を探したりはしなかった。
父が彼の前に倒れ込んできたのは偶然だったが、鍬を振り下ろしたのは、そうではない。
紛れもない彼の意志だ。
鍬を振る腕を止めようと思えば、できた。
母はそれを見抜いたので去ったのだ。

母が父を慕って服従していることが、火の息子の怒りの源だった。
闇の精霊である母は、父が年老いても、若い女の姿のままだった。
精霊は人間とは違い、歳を取ることがないのだ。
火の息子もいつしか母よりも年上のようになっていた。
父が年老いて命が尽きたら、自分がその代わりになるのだと、火の息子は思っていた。
ところが、母にそう話すと、彼女は笑い出した。
私にはアズヴァーン以外に伴侶になるものはいない。
アズヴァーンが私をこの世に呼び込んだのだから。
アズヴァーンが老衰で死んだら?
その前に彼に召喚の逆のことをしてもらうので心配ない、と、彼女は言った。

火の息子には全く解せなかった。
なぜ母が父と一緒に死んでしまうのか。
なぜ精霊が人間に縛りつけられていなければいけないのか。
母は人間よりも遥かに強力な精気エレメントを持っており、その上、美しい。
火の息子は、自分が抱いている感情がどんな種類のものなのか、自覚してはいなかった。
ただ、自分のようには母を崇拝していない父と兄弟に憎しみを抱いている、ということだけははっきり分かっていた。
この世界にいるのが母と自分だけだったら良かったのに。
それだけがたった一つの望みだった。

母が父に頼むより先に父が死んでしまえばいいのに。
火の息子の心の奥底には、常にそんな考えがあった。
それで、父の上に鍬を振り下ろす手に思わず力を込めてしまったのだった。