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絶望のうちに日々を過ごしていた火の息子の元に、その者がやってきたのは、それから三年後のことだ。
遅い晩のことだった。
家の外がふいに昼間のように明るくなり、それから、何者かが家の戸口の扉を、ほとほとと静かに叩いた。
火の息子は恐れおののき、どこかに身を隠そうかと思った。
外にいる者が恐ろしく強い魔力を放ち、その力で外を照らしているのが分ったからだ。
それは彼自身と同じ火の精気エレメントの持ち主のようだった。
しかし、光のそれではないかと迷うところがあった。
火の力にしては、外がとても明るかったから。
結局、火の息子が逃げずに戸を開けたのは、相手に対する畏怖と諦念ていねんのためだ。
これほど強い魔力の持ち主を相手に逃げ切る自信がなかった。
人生の希望を失っていた彼は、抗あらがってまで生き延びたいとは思わなかった。
戸口に立っていたのは、一人の人間の幼子だった。
その精気は光だった。
子供の背後には、巨大な鳥の姿をした精霊が控えていた。
全身の羽が魔法の火で出来ており、隈なく不思議な魔法の文様で包まれていた。
光の幼子は、この鳥の姿をした火の精霊に寄り添うように立っていたので、火の息子は外にいるのは火の化け物だと思ったのだ
「ヨギは……、母さんはどこにいる?」
火の息子は、戸惑いつつも幼子に尋ねた。
その時、この世界にいた人間は、アズヴァーンとヨギの間に生まれた子供達だけだったので、これは当然の問いである。
幼子は、困ったような顔で火の息子を見上げた。
それは、火の息子がどこかで見たように思う顔、もしかすると、アズヴァーンの面影があったかもしれない。
「どうやったら私に分かるの? 昨日のことなんか私が知るわけがないのに。明日はそんな人なんかいなかったわ」
火の息子は、誂からかわれたのだと思い、子供を打ぶとうと手を振り上げた。
すると、幼子の背後の鳥の姿の火の精霊が、彼に向かって魔法の火を吐きかけた。
火の息子は一瞬で燃え上がり、真っ黒な炭になって、その場に倒れた。
光の幼子は、火の息子だった炭に屈み込み、小さな手でその表面に触れた。
すると、表面が罅ひび割れて、中から火の幼子が現われた。
――黒い卵の殻が割れて、雛が誕生するように。
光の幼子は、それを見て嬉しそうに微笑んだ。
「私の夫だった人を見つけたわ!」
光の幼子は、その礼に鳥の精霊に死の召喚を施した。
それから、光の幼子――人類初の女であるヨナは、新しいアヴィネヴィウスとの間に八人の子をもうけた。
四人の男の子と四人の女の子で、それぞれ火、風、土、水の精気が二組ずつである。
ちょうど、アズヴァーンの子らがそうであったように。
精気の異なる夫婦から生まれる子は、必ずこの四つの精気のうちのどれかであるようになったのは、このためだ。
それは、我々がアズヴァーンの子孫であることの証明なのだ。
アヴィネヴィウスの子らも繁栄したが、ほかの兄弟達のように同じ精気を持つ者同士で国を築き上げるのには時間がかかった。
火の国が誕生するには、神殿時代になるのを待たねばならない。